あれ俺の人生 山も谷もないじゃん

※めっちゃ自分語りするし,興味ない人は絶対に読まないでほしい。ちょっと恥ずかしいし。
※これは12/30の夜に思いついたことを殴り書きして少し後から書き直しただけなので読み終えても何も有益な情報はありません。

2019年はダラダラ過ごしたなぁ。めっちゃイージーモード。
そもそも俺の人生そのものがイージーモードかも知れない。

いや,イージーモードになるように自然と楽な道を選んでいる怠け者…かも知れないということに気がついた。

2019年といえば1月頃から企業について調べ始めて実は3月に就職先が決まった。
学校の推薦を使わせてもらえたのと,人事の方に良くしてもらったのもあって
応募から数日後には内定をもらった。

3000人くらい従業員がいるIT企業で,何社か話を聞いた中でビビっときた企業。
その場で内定ください。入りたいですって言った。さすがにその場ではくれなかったけどw

また推薦。ん?

中学校 → 高専本科 推薦
高専本科 → 高専専攻科 推薦
高専専攻科 → 就職 推薦

また楽してしまった・・・・。

確かにこれまでの努力を積み重ねた結果で成し得たことかも知れない,だけど人生こんな楽でいいのか??

そもそも自分はいつも出来そうなことしかやってない。

就職が良い例だ。
その入りたいと思ったIT企業が高専と繋がりが強くて,まあ落ちないだろうって思った。それに自分にとって就活は正直楽勝だと思ってた。

だって就活生と人事の大好きな「リーダーシップ」,「グローバル」,「専門性」これ全部手札にあったんだよね。

リーダーシップ → 学園祭幹部3年やりました~
グローバル化 → 時代を意識して英語勉強してます~
技術力 → 今こんなシステム自分で開発してます〜

このどれを掘られてもいくらでも話せる事あるし。ほら,労働力としては十分じゃん?

努力はそれなりにしているけど勝てる試合しかしてない。だって失敗したくないから。

就活でよく聞かれる質問の中に「人生で一番の失敗は?」という失敗してどう乗り越えたかを泥臭く話すお決まりのやり取りがあるんだけどないんだよね。自分の場合。

ある程度のことって事前に準備しておけばそんな大きく転ぶことって無くないか?もちろん小さな失敗はあるだろうけど,そんなの当たり前じゃん。

暇な時に努力を貯金をして必要な時に使っている。そんな生き方してるから自分が怠けているように感じるんだ。

そうそう2019年は10月に英検1級と応用情報をとった。二つ受けて二つ受かるのはまあすごいんじゃない?誰も褒めてくれないから自分で書いてるんだけど。

これもなんだけど、応用情報は落ちないだろうと思って受けた。
専攻科まで進学して応用情報で落ちてたら笑えるよね。というかプライドだ高いから落ちたら恥ずかしい。

対策も必要以上にしたし。プライドが高いって良くないって言われるけど原動力になったりするから捨てたもんじゃないんだこれが。

英検一級はめっちゃ嬉しかった。
だって6ヶ月間も毎日単語勉強したのは正直しんどかった。眠くて意識飛ばしながら単語帳回した日もあった。

筆記試験の合格発表は,新潟の佐渡に家族で旅行中だったんだけどフェリーに乗る直前に大声で喜んだのを覚えている。

合格したときは嬉しかったんだけど2ヶ月くらい経ったらもう満足感が全然ないんだよな。
英検1級を取ったら見える景色が変わるのかなと思ったけど何も変わらない。

世間では英検1級ってネイティブレベルとか言われてるけど,あれは嘘。
英検1級ってネイティブやプロの通訳者から見たらやっと入門レベル。

もちろん通訳になりたいわけでも,ネイティブにないたいわけでもないんだけどね。

勉強するということは,自分のできなさをよく知るということだし
勉強するということは,わからないことが増えるということなのかもしれない

そもそもどんな資格においても,勉強のプロセスには意味があるけど
取得した事実にはあまり意味とか価値がないことが多い。免許じゃないから。

だって取ってもお金になるわけじゃないし。

英語の先生のフリをするバイトでも英検1級で時給が上がるわけではない。中学生を相手に授業してるけど,彼らにとっては塾の先生が英検1級持ってようが関係ないでしょ。パフォーマンスが上がるわけじゃないしね。

応用情報だって同じことが言える。プログラミング教室のバイト代あがる?あがらないあがらない。できることは別に増えないしね。

つまり免許ではないから,資格取得ってあまり金銭的な価値はない。
受動的に勉強をしても誰の為にもならない。自分の為にしかなってない。

とにかくほぼ半年を費やしたけど一時的な満足感しか得られなかった。

満足感といえば,今年は時間を費やして開発したものがある。留学生のために日本語スライドを英語とタイ語に翻訳するAPIを組み合わせただけの簡単なツール。Webで使えるようにしたら結構時間がかかった。

でも,これを頑張れば誰かの訳にたったり,誰かが楽をできると考えたら満足感を得ながら作業できた。多分,「なぜ今この作業をしているか。誰のためにしているか。」への明確な答えがある場合,頑張る意味を見いだせるし,満足感も得られることがわかった。

おそらく今やっている研究にどうも興味が持てないのはこれが原因か。

勉強といえば最近思うことがあって,学力のようなものって本人の努力より取り巻く環境とか遺伝の方がよっぽど影響あるんじゃないかってこと。決して,努力が無駄!と言いたいわけなんじゃない。努力をしようと思うかどうかもその環境に起因しているんじゃないかってこと。

例えばバイトで英語の授業をしていて「おお,この子できるな。教えがいあるな。」って言う子は大体小さい頃に英会話スクールに通っていて,他の生徒よりも英語に触れている時間が相対的に少しだけ長い。

この少しの差が本当に大事。スタート時点で人よりできると「お?俺/私ってできるんじゃね?」って自信になる。 これってその子に才能があるわけじゃなくただ人より少し長くやってるからできるだけ。

自信がつくと勉強も楽しくなるし,もっと知りたいと思うようになる。

遅生まれ,早生まれもれが原因でかなり差が出るらしい。しらんけど。でもこのちょっとの自信があとで大きな差になる。

逆もまた然り。だめなやつは自分も他人もだめだと思うし,誰も期待しない。だから本人もやる気を失う。どうせ自分なんてって。

小さい頃の習い事とかどこに時間を使うかなんてほぼ親に決定権がある。あとは親の教育意識レベルと経済力も大きい。

あとは環境だけじゃなく遺伝もあるんじゃないか。例えば,今自分は高専にいてコンピュータ系のことを勉強していることになっている。実際は勉強なんてそんなにしてない。

家族を見ると父親がある企業のシステム担当者で長年システム担当をやっていて割と詳しい。小さい頃からパソコンが家にあって触る環境があった。少し得意だったのはこのおかげじゃん。

父親のいとこも某有名ゲーム会社に勤めているらしいし,なんなら少し遠い同級生の親戚も数人高専に通っているって話も聞いたことある。ほらやっぱ遺伝と環境じゃん。

ついでに英語系の話をさせてほしい。おそらく今年英検1級を取れたのも環境のおかげ。小学3年生の時に母親に無理やり英会話スクールに入れられて,嫌で一年でやめた。しばらくして小学5年生のときに,塾の英検コースを受け始めて6年生で4級を取った。

中学生の頃に英語が好きだったけど,これはさっきも書いた自信の話。中学卒業までには準二級取ってた。そのあと高専で暇な期間に二級,準二級,準一級,一級と取ってコンプリート。

これもやっぱ環境のおかげじゃん。あぁ親には感謝だなまじで。

遺伝の話をすると,最近死んだ爺ちゃんって昔,北方領土に住んで18歳でロシア語が堪能で駅長勤めてたんだって。この外国語への興味とか素質って遺伝なんじゃないかやっぱり。

努力するかどうかというのは本人に依存するところだけど,努力をしようと思うきっかけとか
それができる環境って本人ではコントロールしきれないところがあるからもっと大事なんだ。

何かの本によるとIQとか能力って高ければ高いほど良いっていう話ではなく,ある程度の閾値を超えていたらその後の成功には大差がないらしい。

つまり凡人の人生って時間という最も大切なリソースを何に割り当てるかできっとその人の成功・充実度合いのような物が決まっていくらしい。

何かを身に着けるのには時間がかかる。よく10,000時間かかるとか,努力は株の複利と同じで指数関数的に増加していくというとか言う。

何かを成し遂げるには地道な時間の投資が必要だぞ〜って話に帰着するんだよね。ほとんどの自己啓発本とか講演ってこの話をいろんな方向から書いてるだけで,この話が核になっているような気がする。

2020年はどう過ごそうかなと考えたけど正直やりたいことはない。強いて言うなら新卒で働き始めるから,同期よりは一歩進んだ状態で入りたい。さっきの少しの差理論で後々得するから。

一年目なんてきっと疲れ切って何か自由にできる時間は少ないと思うけど何か一つ時間というリソースを費やしてもいいなと思える物を見つけられる年にしたい。

FBで自分語りはうざいけど,ブログならきっと許されると信じて。

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